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2015-08-22

ログアウト

いま、ログアウトへの扉が開く。
もうすぐさようなら、東南アジア。
またいつの日か。


2015-08-21

出国5時間前

ただいま19時。
無事にハノイのノイバイ空港第二ターミナルに着きました。
ハノイの街を去るに当たっては、一抹の寂しさが。
というよりも祭りが終わるその淋しさ、というべきかな?

事前にローカルバスの発着所まで下調べに行っていたのですが、夕方のラッシュ時に満員のローカルバスにバックパックを持ち込むことは遠慮して、素直にベトナム航空のミニバスを使いました。
17番のローカルバスだと7千ドン、ミニバスは市中のベトナム航空オフィス前から4万ドン。
4万ドンて240円くらいですから、無理してローカルに乗ることもないかなと。
夕方の帰宅ラッシュに巻き込まれながらも、50分で空港に着きました。
で、なにもすることがない。
帰国後の仕事は、いま考えてもしょうがない。
せいぜい上手く行かなくても凹まない、という覚悟を決めることぐらい。
衝撃に備えよ。
あと36時間くらいで実家に到着している筈だから。

あとは本を読むくらいですかね。
Kindleは、『砂のクロニクル』を読み終わってから、『涼宮ハルヒの溜息』『星を継ぐもの』『涼宮ハルヒの退屈』と続き、いまは上橋菜穂子の『獣の奏者』の一冊目を読んでます。
出発までに読み終わるかな?

振り返ると

90日という日々は振り返ってみれば、あっという間でした。
たった6カ国で90日とは、かなりのんびりと歩いた旅だったと思います。
財布落としたり、ひったくりに遭ったりもしましたか。
いまはハノイ旧市街の外れにあるカフェで、時間つぶしにノンビリしながらこれを書いています。
あとは出国するだけなので、街を眺めながら一日を静かに過ごしたい。

今回で、こういった形での放浪旅行は終わりにしようと思ってます。
家族旅行でハワイに行きたいとかって子供が言い出したら・・・
そうですね、そういうときは旅行するとは思います。
で、現地についてそこはハワイじゃない(笑)
お父さん、ここどこ?
ハノイだよ。

でも、それはふつうの旅行になると思います。
バックパック旅行だって、来てみればけっこう普通なんですけどね。
引退というほどに海外を渡り歩いたわけではありませんが、これでお終いという理由は、やはり新しい刺激を受けてそれを明日に生かすというような年齢よりも、すでに自分の中にあるものを丁寧に使って明日に生きるという歳頃だと自分で感じることでしょうかね。
もう刺激も経験も十分異常に、もとい十分以上に受けてきましたから。
いまのままじゃ人生の変態経験コレクターで終わってしまう(笑)

実際に昔ほどの刺激を旅から受けなくなったということはあります。
経験を積んだためもありましょうし、年齢的に感受性が鈍ったのかもしれません。
東南アジアの主要国は、なんだかんだ言っても観光客慣れしていて、バックパックの自由旅行という「パッケージ」が流通してますから、その気軽さも破天荒な刺激の減少理由としてあるでしょう。

それが判っていて旅行に出たのはなぜか。
ひとつは26年間の東京生活を明確に区切って過去へと押しやること。
もうひとつは、そこに住んでいる人たち、スマホも使えばバイクも車も持っていて、子供をたくさん抱えて生活してる人たちを見たかったという、素朴かつ失礼な旅人通有の興味。
そして最後が、自分の価値の確認でしょうか。


最後のひとつ、わかりにくいですね(笑)
20代の頃から、日本の法律があまり通用しない世界での「刺激も経験も十分異常に」積んできたものですから、私はあまり自分の価値とか権利とかを尊重できない傾向があります。
どんだけ人権がどう、権利がどうと叫んだところで北朝鮮に拉致されたらら、ISに捕まってオレンジ色の服で正座させられたら・・・それでお終いです。
世界共通のものは案外に少なくて、通用しないところでは通用しないものはとことん通用しない。
ただ、日本の法律が通用しない場所が外国だったら良かったんですが、私の場合は場所が日本国内の株式会社だったんで、問題はさらにややこしくなります(笑)
外国なら諦めもつきますが、法が通じるべき国内で通じないのは話が違う。
圧縮して端的に言えば、3年8ヶ月在籍した会社でお金を貰ったのは4ヶ月分くらいという話なんですが、お金を貰わずに昼間は会社で仕事して、夜はバイトで生活費を稼ぐような生活は、かなり屈折した自己存在の是認要件を生み出します。
もう、ほとんど妄想と想像の世界で、革新的ともいえる自己肯定の発明の嵐(笑)
そんなわけで、他人が自分の権利と正義を声高に主張していても、自分自身についてはどうでもいいやと思っちゃうような人間になってしまった、と。
どれだけ自分が正しいと法律を盾に叫んだところで、出す気のない奴になにかそれを認めさせることも、出させることも難しい。
むしろ自分の価値と権利は、法律が定めてくれるからそこにあるんじゃなくて、自分で常に確かめているものだからそこにある。
他人や法律が認めるか認めないかは、関係ないとまでは言わないけれど、あまり過剰に期待して受け取ってはいけないし、ましてや自分を守る唯一至高の盾にしてはならない。

30代の頃、さる人材派遣会社のシステム部で働いていた頃。
そこの部長が私を評した言葉。
「まったく社会や人生に期待をしない男」
「他人をまったくあてにしない男」
なにか仕事上でトラブルがあっても、他人の責任がどうの自分の権利がどうのという人の話を聞き流しながら、どうせ社会はこんなもんなんだから騒ぐほどのこともない、トラブルですらない、言うだけの時間があったら手を動かせば良いだけのこと。
他人の権利や正義と俺自身は、直接的には関係ない。
そんな感じだったらしいです。
「仕事を自分で作ってくるから手が掛からないけれど、仕事を与えるときは難しい」←ほーら、こんなに面白い仕事だよ、と上司自身が面白がってみせないと興味を示さない=そんなに面白いなら俺にやらせてくれ
「自分の興味と面白がりで仕事しているので、利益誘導も脅迫も効かない」
「サラリーマンとしては危険思想の持ち主」
思い返せばひどい言われようだな(笑)
ただ、部長自身は組織の中での私のイレギュラー性(異常性ではなくて、イレギュラー性です)を重く見て、私はずいぶんとお世話になりました。

ちょっと話が逸れちゃいましたね。
旅行にでるということは、私にとっては仕事しなくてもいい、なにをしてもいい、自由だという世界ではなく、常に全ての行動を自分で決めなくてはいけない日常であり、なんでも自分で確かめなければいけない世界です。
むしろ日本の日常よりも縛りが多くて大変。
で、たいていの場合、私は相手の国の人にとって、大きなお金を持ってきてくれる外国人観光客。
多くの親切をこの90日間受け続けてきたことは認めますが、最初の入り口のほとんどはお金です。
そこでしか、どれだけ払うかでしか、まず私の権利はなく、彼らにとっての私の価値はそこにある。
だからって、それだけを受け入れていくのは人情として寂しい。
やはり、そうじゃない自分の価値とか権利とかを考えてしまいます。
そういうことが、まだ若い頃みたいにできる、自分が何かをするたびに自分がそれに行うに相応しい人間かどうか、何かをして貰うたびに自分がそれを受けるに十分な人間かどうか、自分で納得することができる。
それが私の独り旅をする三つ目の、そして旅行をやめる理由です。
もう確認だけをしている歳じゃないからさ。

一時間ほど前から、カフェに8人ぐらいの日本人が入ってきました。
大学生の男女です。
サークルかなんかの先輩後輩関係ですね。
まったく・・・街歩きもしないで、こんなカフェで時間をつぶしやがって(笑)
そもそも群れすぎ・・・
などと思いつつも、彼らが微笑ましくもあり眩しくもあり。
はやく独りで歩けるようになれよ。
そうしたら、グループでならもっと楽しくなれるから。
たぶんね。

昼の12時になったので、いったん宿に帰って荷造りします。
荷物、ちょー少ないけど。
ではでは。

日本帰国まで、あと1日!!

NHAにようこそ!

昨日は最後の贅沢にハロン湾まで行ってきました。
良かったけど、ハノイからちょっと遠い・・・
朝の8:30にピックアップされて、帰りは21:00でしたから。
行き帰りと小型バスに揺られて、片道4時間弱。

行きがけに幹線道路脇に並んだ「Nha Nghi」という看板の建物について、同行したナベさんから教えてもらいました。
その多くがラブホだそうです。
帰ってネットで調べたら、けっこういろんなとこのブログに載ってました。
興味のある方は御検索あれ。
皆さん、ベトナムにもラブホがあるって感動?するんでしょうね(笑)
Nha(家・館) Nghi(休憩)の意で、ニャーギーと読むそうです。

ただ、すべてがラブホなわけじゃなくて、眺めているとカラオケがメインだったり、日本でいう民宿旅館だったりと業態は様々。
歌舞伎町や円山町のイメージそのものではありません。
それでも女の子を後ろに乗せたバイクが吸い込まれていくのを、日が落ちた帰途の街道で見かけました。
思わず心の中でガンバレー!!
え? カラオケなんでしょ?

バックパッカーの中には、これを穴場の宿として渡り歩く人もいるそうで・・・
値段の割に当たり外れの大きい外国人向けホテルより、こちらの方が品質が一定して良いんだそうです。
しかし・・・隣の部屋とかで始まっちゃったら辛くない?
ヤられたらヤり返す?
独りでか?

私はもう、オールドクォーターの南京虫宿で最後の夜を過ごし、いまは出国を待つばかりですんで、今回はNha Nghiのお世話になれません。
次回は、ぜひいちど宿泊してみたいものです。
もちろん休憩も(笑)

いつかは、ニャーギーにようこそ!

2015-08-19

ハノイ二日目

ハノイ二日目。
なんか画像がまたアップできないのは何故?

今日は朝から線路を越えて世界遺産のタンロン遺跡まで出張りました。
8時半オープンなんだけど、8時25分には入ってました。
でも・・・誰もいない。
というより、なにこれ? 世界遺産?

2010年に登録されたそうですが、やはり最近になって登録された世界遺産は信用ならん!

お昼からは一足先にハノイ入りしていたナベさんとお食事、というか昼間からビール。
今回は偶然ではなく、このあとミャンマーに向かうことにしたナベさんに、ミャンマーのガイドブックを手渡すために待ち合わせたのでした。
旅行中に三回も顔を合わせたのは彼だけですね(笑)
彼はハノイで就職先の物色中。
やはり私と同じくハノイが気に入ったそうです。
旧市街を一緒に歩きながら、角を曲がる度にふたりで喜んでました。
曲がっても曲がっても、面白い商店街がある。
飽きない。


夕方からはひとりで街を歩き、疲れると歩道に張り出したカフェで道行く人々や混沌の坩堝と化している交差点のバイクを眺め続けます。
まったく本なんて読めません。
景色が面白くて。
この街でなら就職してもいいな。
確かにそんなことも感じますが、やはりというかなんというか、忘れてましたが最終目的地はハノイではなく、ウツノミヤでしたね。
ハノイで春巻き喰って、次はウツノミヤで餃子!!

夜、民族芸能のカー・チューという、なんでしょう、歌と踊りと音楽の夕べみたいなのを観に行ってきました。
けっこう伝統芸能って苦手なんですが、苦手なだけにできるだけ観るようにしているのです。
これでも学部の頃は、週に二日は歌舞伎研究会の部室でゴロゴロして、月に一度の観劇会で歌舞伎座に足を運んでたものです。
部員でもないくせに(笑)
卒論も能が絡んでいたし・・・あ、思い出したくない。
で、そのカー・チューですが、やっぱ私にはよく判りません(笑)
芸術は私の守備範囲外だと、また更に再確認をしたと。
ただ、バイクの渦の中を一日歩いた後で、そういう古風な調べに耳を傾けるということは、気持ちの上では心地よいことでした。
だったら新内節とかでも良かったんじゃね?
とまぁ、そう言われたらそうだねって言えちゃうところが、私のダメなところです。


明日も一日、ハノイの街に挑みます。
日本帰国まで、あと4日!!

2015-08-18

南京虫

あぁ、この宿は南京虫いるよ。
最後の最後で抜かったなぁ。
一泊5ドルのドミトリーだし、しゃーないか?
今晩、刺されませんよ~に(笑)
若い子のベッドはあっちですよ〜!!

最終目的地、ハノイ

ついに最終目的地、ハノイに入りました。
苦節(つーほどのこともないが)85日。
あとは約束の日が訪れて、ゲートが開くのを待つばかりです。
ラスボスを倒すとかのフラグ立てが必要かも知れませんが・・・

本日の移動は13:14ニンビン発のSE8。
定刻から15分遅れで、16時ちょうどにハノイ着。

ずいぶんとここまで歩いたものです。
総移動距離は計算してないんで判りませんが、スマホの万歩計による歩行距離は810キロを指しています。
85日で810キロだから、一日10キロ弱か。
日本から履いてきた10年選手のサンダルは、ミャンマーのマンダレーでお亡くなりになり、いま履いているのはマンダレーで買ったタイ製の安物です。
製造元のタイまで保てばいいんじゃないと思っていたのですが、とうとうラスボス戦まで使用されることに。
さすがに爪先のあたりでゴムの張り合わせが剥がれてきて、パカパカしだしてきました。
どうしたもんかと思いながら、今日の昼にニンビン駅前の数えるほどしかない茶屋でコーラを飲みながらサンダルを見つめていると、店のおばちゃんがなんだかのチューブを渡してくれました。
なにこれ?
ちょうど虫に刺された脹ら脛を掻いていたところだったんで、中から出てきた白いクリーム状のものを肌に近づけたら、すごい勢いで止められました。
他の客がそれを見て爆笑している。
なに? サンダルに塗れ?
あぁ・・・ボンド? なのね?

こういう小さい親切に甘えさせて貰う場面が、どうも北上してきてから多いような気がします。
ベトナムは南部の方がおおらかで、北部の人は冷たいというような話をよく聞きましたが、よくわからない。
こちらがベトナムになれてきた分、それが鏡のように相手に反映されて親切を受けているのかもしれません。
南部に入った頃は、あまり気持ちに余裕がなかったですから。
そういう余裕のない外国人に対しては、向こうも親切心を持ちづらい。


ハノイは想像していたよりも賑やかで街路樹の濃い、歩いていて楽しい町でした。
といっても、今日はオールド・クォーターとも呼ばれる旧市街しか歩いていません。
宿は旧市街の西寄りです。
ものすごい数の人とバイクの渦ですが、頭上を覆う木立の葉の厚みのせいで街路に落ち着きがあり、街路ごとに商店が扱う品物の違いがあって歩くのが楽しいです。
ここまで楽しいのは、ヤンゴン以来かな。
とりあえず今日は宿の周辺を探索し、最終日に空港へ向かうための路線バス乗り場を確かめに旧市街の外れまで足を延ばすだけに留めました。
いつも、まず最初は脱出経路の確認です(笑)

夜、近所のローカルな飯屋で夕飯。
外国人向けの店ではないにも関わらず、意外と高かった。
その後、外人客向けのバーでビールをジョッキ一杯だけ。
目的地到着のひとり祝いです。
ビールを飲んでいたら、サンダルを直しましょうと靴直しが寄ってきました。
バー中の客に声をかけています。
が、誰も取り合わない。
そりゃ直すくらいなら、新しいのを買うわな。
この85日間で、流しの靴直しは初めて会いました。
しかも別々に二人。
しかも私がサンダルを直した、その日に。
最後の町に辿りついて昂揚していた気分が、すこし冷めた瞬間です。

関係ないけど、俺も仕事どーしよーかなー。
明日はハノイをもう少し、いやけっこう? できればガッツリ歩いてみようかな。

日本帰国まで、あと5日!!

2015-08-16

ニンビン

昨日からニンビンに来ています。
終着点ハノイまで、あと110キロ。
まぁ、あの星とその星が双子の二連星だと判明したあたりです。
旅も大詰めですね。

ヴィンからニンビンへも鉄道を利用しました。
朝9:26発のSE8、ソフトシートで14万9千ドン。
10分ぐらいの遅延しか無かったと思います。
途中の景色は、それまでとは違ってあまり面白くありません。
平野部に入るからです。

ニンビンの駅ですが、『地球の歩き方』2014~15版の地図から南に1キロほどの場所に移転になっています。

新駅前はホテルが1軒と飯屋が数軒あるだけの新開地です。
Maps Meには反映されていますが、今日現在のGoogle Mapには未反映。
後続の方々、ご注意あれ。
さて、この街自体にも何もありません。


夜になると19時でも表通り以外は真っ暗です。
街灯は点いていたり、点いていなかったり。
でも、わりと人は歩いているというか、家の前で夕涼みしているので、歩いていて安心です。
が、夜中に歩いて行くべき場所もない。
が、昨夜の1時過ぎにエアコンの電気系統が故障したとかで、ホテルのエアコンが使えないんですよね・・・
扇風機と電灯は大丈夫だから安心してくれと言われたけど・・・ねぇ。
もう、窓も扉も全開で寝ています。
誰かに襲われたら?
エアコン壊れてるのに汗かきたい強盗なんていねーよ(笑)
もし居たら、そのときは・・・・一緒にベッドで組んず解れつ格闘ですね(笑)
そんで、一緒にシャワー浴びて抱き合って眠るのさ。
夜明けのコーヒーは朝飯前で(意味不明)ヨロシク!!
暑くて脳味噌溶けそう。

今日はニンビンの墨絵の世界へボートツアーに行ってきました。
もう出国が近いので、ややお高い遊びもこの際は可。
チャンアンとバイディン寺と、もうひとつなんだったか思い出せない寺。
バイディン寺遠景
朝8時に宿を出て17時に戻るまで、例によってバイクの後ろにまたがり、山の下で下ろされて登ってこいと言われ、川岸に連れて行かれてボートを漕いでこいと言われ。



18ドルのツアー代金を払って、体力を思うさま浪費してきました。
しかもボート代とか拝観料とかは別払いですから・・・

バイディン寺、でかかったです。

御本尊ですが、こんな感じ。
LEDで光ってるようにも見えますが、これは下からライトアップしているものが光背に載った諸々の仏に反射しているだけです。
実はフエを出てから神仏の電飾関係に変化がありまして、南部や中部に比べてグッと大人しくなっているんです。
家々の入り口にある祠も最低限の電飾しかないし、その祠自体がない家も多い。
仏さんがグリコの電飾看板状態というのが、この辺ではありえないのかも。

ともかくあとはチャンアン。
こんな感じの川をボートで上下します。
しかも三時間掛けて。



独りだと他のグループ客に居候させてもらう感じで、ちょっと肩身が狭い。
私が乗った船は他がベトナム人家族の五人で、私の前に小学5年生くらいのガキンチョが座りました。
ボート自体は漕ぎ手のおばさんが居るのですが、各船には3~4本のパドルがある。
で、このガキンチョが私にも漕げと五月蠅いことこの上なし(笑)
彼はパドルで漕いでると言うよりはバチャバチャ水を撥ね散らかしているだけで、それがもろに後ろの私に掛かるし、ピッチが一定しないのでこちらのパドルが息を合わせられずにガンガンぶつかる。
なぜ漕がないのかと私の判らん言葉で文句を言う彼に、私も彼の判らん言葉で「ガキが命令してんじゃねーよ」「お前が止めたら俺が漕いでやる」
と言い返す。
私は大人ですから。
大人ですから、私の方が彼と同じガキンチョレベルへと、わざわざ足を運んであげてコミュニケーションをとらなきゃいけません、よね?
こうして彼が漕いでいる間は私がサボり、彼が疲れると私が漕ぐという麗しい分業体制が出来上がって、通常の3倍のスピードとはいかないまでも1.03倍くらいのスピードで船は進みます。
ところへ彼ら家族の仲間の船が二隻急接近してきて、事態はドラゴンボートレース状態に。
はじめはアホらしさのあまり、ガキンチョの「外国人、お前も漕げ」コールにソッポを向いていた私でしたが、敵船の客たちの満面の笑みを見るにつけても腹が立ち、最後はパドルを握って俄然奮闘。
最終的には我が船の勝利に終わることを得ました。
これ、なんのため?
15万ドンも払って景色をゆっくり見ようと思っていたのに、汗だくになってボート漕ぎ。
最後に岸へ上がったとき、件のガキンチョが私を振り返って「サンキュー」と言ったので、しかたがない「グッジョブ」と返しておきました。
おじさん疲れました。

疲れたので、今日は寝ます。
でも、ニンビンの観光は良かったですよ。
手頃な料金で日本にはない風景を堪能できました。




明日はいよいよ終着点、ハノイ。
就職機会をタダでくれるという・・・もういいか。

日本帰国まで、あと6日!!

2015-08-15

ヴィン

ドンホイから北に200キロ、ヴィンの街に来ています。
朝、ドンホイの駅に向かおうとしてホテルを出て表通りに出たら、まったくセーオムが客待ちしていなくて、ぐるぐる探して歩き回ってしまいました。
結局、マイリンタクシーを拾って駅へ。
海に近い川縁のホテルまで、来るときはセーオムで3万ドンでしたが、タクシーで6万4千ドンかかってしまった。
(セーオムの方は細い道でショートカットしたからかも)
途中、前を走っていたオンボロダンプの後輪が破裂して、なんか爆弾騒ぎみたいなことになりました。
ちょうど未舗装の地面だったんで、小石が飛び散って砂塵が舞い上がって。
一瞬、地雷でも踏んだのかと思った。
んなわけないか。

乗るのはドンホイ発9:26のSE8、ソフトシートで15万7千ドン。
汽車は定刻から10分遅れで出発。
途中の景色は険しい山あり広々とした川ありで、国道一号線から離れた山間部を走ります。
ヴィンまで4時間10分。
なかなかに楽しい旅路でした。

山の縁の墓地(仏教徒)
教会も多いです
そのヴィンの駅でのこと。
駅のホームから駅構内に出るゲートのところで、例によってまずはタクシーやセーオムの「乗ってけ」攻勢に晒されるわけですが、私はいったん出発ロビーに向かって翌日の切符を事前購入。
その後、人気の無くなった構内から駅の外へと向かいました。
ここで、やや小太りのオッサンがニコヤカに登場。
なにやら俺のに乗っていけと言ってます。
制服を着ていないからタクシーじゃなさそう。
宿の名前を言い、スマホで地図を見せ、念のためにベトナム語の住所も示しますが、愛想がいいだけで反応がおかしい。
判ったという素振りは見せますが、着いてこいというだけで料金の話をしても答えません。
3万ドンで行けるか、と聞いても笑ってなにやら来い来いとだけ。
なんかおかしい。
やっぱ他を当たるわ、と手を振って歩き出すと「スリー、スリー」と言いながら慌てて追っかけてきました。
こっちが値段交渉してると思ったのか。
でも、ここで乗ったら後で3万ドンじゃなくて、3ドルだとか30万ドンだとかと捻込まれて脅される予感。
彼を振り払いながら駅の門へと辿りついたとき、門柱の脇でじっとこちらを見ているセーオムドライバーらしき二人の男に気づきました。
二人とも険しい表情でこちらを見ています。
なんだと思って目を合わせると、ひとりの男がそっと首を横に振りました。
もうひとりは手を小さく振りながら止めとけサイン。
どうも後ろで騒いでいるオッサンは、仲間からも嫌われている札付きの問題ドライバーであるらしい。
このお二人の密かな忠告によって、私はまともなタクシーで移動ができました。
門柱脇を通るときに手を振って頭を下げたら、向こうも笑い返してくれました。
まぁ、こういうこともあります。
ちなみに駅から市場やBigC(スーパーマーケット)のある中心部まで、タクシーで3万ドンちょっとでした。

ヴィンの市街ですが、けっこうでかいです。
駅前通りに直行する南北の大通りに沿って近代的なビルが(ポツポツと)並び、高級ホテルや映画館もある。


突き当りが市場
その大通り南端にある市場は巨大で、生鮮食料品から工具類までなんでも揃ってます。
市場とホームセンターが好きな人なら、楽しめるんじゃないでしょうか。
独り旅で市場の雑踏は気疲れするので、私はサラッとしか見物していませんが。
大通りの東側には、なんだか古いマンションが1キロ近く続いています。



雰囲気があれです。
菊池秀行の魔界都市シリーズに出てきた百人町の都営住宅。
まさにあれ。

でも、中を通り抜けると子供が多くて人の行き来も激しく、深い木立の間に露天が並んでいたりして、露わな生活感の生々しさは比べものになりません。
こちらは吸血鬼向きではないですね。

大通りに飯屋はありませんが、大通りからこの老朽住宅群を挟んで一本東の通りに飯屋がたくさん並んでいます。
大通りの西には函館の五稜郭と同じ星形の城塞跡がありますが、寂れたスタジアムがあるくらいです。
7キロくらいしか歩き回れませんでした。
ここも特になにも無いところです。
そんなんで一泊でサラッと移動。
明日は200キロ北のニンビンへ。

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以上は昨夜書いたんですが、ホテルのWifi情況が思わしくなく、アップを断念しました。
15ドルもした中級ホテルだったのに(笑)
こういうベトナム人が使うホテルって、けっこうWifiが良くない。
彼らは地元の携帯キャリアを使うから、Wifiが繋がらなくても困らないし。
かえって外国人バックパッカーが泊まる安宿の方が、Wifi環境が整備されてるような気がします。

2015-08-13

ドンホイ

フエから180キロ北、ドンホイの街に来ています。
40キロほど離れたところにフォンニャ洞窟という、2011年に世界遺産になったばかりの鍾乳洞があって、そこを訪れる欧米人がちらほらと見かけられますが、基本的になにもない人口11万人の海辺の街です。
私は鍾乳洞には行きません。
最近登録された世界遺産は、あまり信用できませんし、なにより鍾乳洞とベトナム文化の接点て見いだしがたい。
私が来たのはただ単に、この街がフエから鉄道で3時間ほどのちょうどいい距離にあったからです。
夜行でハノイへ行くのも味気ないので、昼間に風景を見ながら移動したい、けれど長距離はいやだ、という訳。
この調子で、明日は200キロ北のヴィン、その翌日はニンビンへと寄り道しながらハノイへ入る予定。

さて、本日の移動はフエ発12:14、ドンホイ着15:15の列車番号TN2でした。
ソフトシートで9万6千ドン。
例によって列車は遅れて13:10フエ発、16:05ドンホイ着でした。
途中の景色は、まぁまぁかな?



途中、ドンハの北あたりから田園風景が綺麗な水田になっていきます。
その前はわりと荒れた丘陵地帯があったりして。
南北分断時代の国境線がその辺のはずなんですが、関係してるんでしょうかね?

ドンホイの街は小さいです。


まず人が少ない。
当然、バイクと車が少ない。
でもって、道路に車が路駐していないし、歩道にバイクが停められてないしで、街路が広くて非常にすっきりしています。
駐車スペースを広げるために歩道の街路樹が伐られることもなく、よく茂った枝が作る深い木陰が歩いていて心地いい。
しかし・・・なんにもありません。
外国人向けの飯屋もカフェもほとんど無い。
中心地の商店街といえるほどの賑わいも無い(笑)


ただ、歩いていてとても安心できるし、海に注ぐ川辺を渡る風は心地いいし、景色は開放的でご飯も美味しかったです。
たまたま美味しい店に当たっただけ?

このお店
陽が落ちると商店は数少ない飯屋を残して閉まり、人々も家々に引っ込みます。
でも、全開になった窓から漏れてくるTVの音や子供の声、家族団らんのざわめきが路上に溢れていて、目を瞑れば無人の街路に自分が独り佇んでいることを忘れてしまいそうな。
たった一晩の滞在だからこそ、心に沁みる落ち着きと愉しさなのはわかっていますが、やはり来て良かったなと。


明日は、朝9:16発のSE6でヴィンへ向かいます。
(この記事の写真はヴィンで追加予定、すみません・・・)

日本帰国まで、あと9日!!