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2015-07-18

プノンペンからチャウドック

出国54日目にして6カ国目、最後の国に入りました。
ベトナムです。
今日はこの10日ほどの間、いろいろと“お世話”になったカンボジアを後にして、ボートでメコン川を下ること6時間弱。
メコン沿いの国境の町、チャウ・ドックに来ております。

7時半にキャピトル・ツアー前でワンボックスにピックアップされて、他の客を拾いながら市内北側のワット・プノンに近いボート乗り場へ。
そこでパスポートを控えられるなどの事務手続きの後、8時10分に出航しました。

メコン川もプノンペン辺りでは、そんなに大きな川じゃありません。
それが川を下るにつれてだんだん広くなります。
だけど、意外と川を行き来する船が少ないですね。
プノンペン付近こそ、そこそこの数の船が上り下りしていましたが。
なんだか砂を満載して、喫水線をはるかに越えた舷側すれすれまで沈み込んだ船が、北に向かうのが多かったです。
工事の多いプノンペンに向かうのでしょうか?
その空船が川を下りますが、上りと下りとでは同じ船とは思えない姿です。


あとは漁をしている地元の小舟、たまに見る貨物船。
それくらいか。
こんな大河なのに勿体ない、陸の道路事情も良くないのに。



さて、船は11:30頃に下流から来た船と落ち合って乗客を交換。
私たちは乗り換えたボートで、12時にカンボジアの出国イミグレに到着。
10人も乗っていないのであっというまに手続き終了。

続いて10分ほどでカンボジア側の入国審査。
これもあっという間。
いままででいちばん楽な国境越えだったかもしれません。

ベトナム領に入って変わること。
まず船の数と種類の多さ、人の行き来の頻繁さ。
イミグレーション前で上流と下流を見比べただけで、別の国ということが一目瞭然です。
ベトナム側では、いちばん多い船は穀物(米?)の運搬船でしょうか。
川岸に倉庫があって、そこに横付けした船の船倉へと穀物がザーッと流し込まれます。
それ用に過積載できるように、船のあおりが改造されていたりする。
他は数キロおきにある大小の渡し船たち。
二丁櫓の手漕ぎ船を自転車感覚で乗りこなす女の子。
漁師の小舟。
スピードボート。
生活用品一式を積み込んだ家船もあります。




国境ひとつで、こうまで変わるんですね。
同じ川なのに。

チャウ・ドックは国境線まで4キロほどの街です。
船着き場があってマーケットがあるだけの街です。
市内の道路はガタガタで、どこもかしこも工事中。
バッタンバンほど暗くはないですが、夜7時を過ぎるとほとんどの店が閉まります。
街灯があるけど、夜の早い田舎町。
今日は金曜なので、7時半頃に川沿いの公園へ出てみたら、夕涼みの人々が多く出ていました。
100人くらいの子供たちが男女に分かれて空手を練習していました。
そういやバッタンバンの川岸でも、30人くらいの子供たちがテコンドーの練習をしていましたね。





明日は南へ60キロほどのロンスエンへ向かいます。
日本帰国まで、あと36日!!
(やっぱ残金が心配になってきた・・・)

2015-07-16

仏陀とLED(カンボジア編)

大変残念なお知らせです(笑)
まさかあるとは思わなかった。
カンボジアでも仏さんがLEDで光ってました・・・
ダーツの的みたいなのがLED
LEDのチューブが絡められています

今日になって初めて気づきました。
昼間、市内北側のワット・プノンという小さな丘のお寺へ行ったのですが、そこの本堂ではなく北斜面のお堂で仏さんの背後が光ってました。
本堂裏の小さな祠でも、電源が入っていませんでしたが光背がLED電飾でした。
カンボジアに入ってからアンコール遺跡の方に意識が行っていて、現役寺院のチェックを怠っていたのです。
もう一件、トンレサップ河畔のワット・ウナロムでも光背が光ってるのがありました。
イメージとしてはですね、仏像というよりは道頓堀のグリコ看板に近い趣があります。

失敗したなぁ・・・出国前日になって気づくなんて。
どのくらいポピュラーなんでしょうね、この現象。
どなたかカンボジアを旅する方、続報を願います。

ところで「仏像 LED」でググると、ミャンマーの事例が少し引っかかりますね。
YouTubeでアップしている方もいらっしゃいます。
でも、カンボジアのものが見あたらない。
やはり本場のLED仏像大国はミャンマー?
だいたいミャンマーにせよ、カンボジアにせよ街中でLEDを使った電飾なんてほとんど無い。
にも関わらず・・・というか、だからなのか?
街中の看板と同じ光り方を仏像がしていたら、有り難みが減るもんなぁ。
ミャンマーとカンボジアを比べると、カンボジアの方が商店のLED電飾があります。
だいたい貴金属店と電気用品店です。
そういう店は同業者で固まっているから、たまにそういうLEDが光っている街路があって、角を曲がると次は地味な街路。
そういう意味では、町中に溢れているという感じではありません。
ミャンマーはそれすら無かった。

なんにせよ、あれがミャンマーだけじゃなかったなんて、残念なような嬉しいような・・・
オールドマーケット

では、明日のベトナム入りに備えて早く寝ます。
日本帰国まで、あと37日。

地味にもう一敗

そういえば地味にもう一敗しています。
数日前に所持金を再計算していたら、札の中に角の少し欠けたドル札を発見。
しかも20ドル札。
こんなの掴まされてたの気づかなかった・・・
たぶん、シェムリアプでタイバーツを両替したとき。
不注意でした。
それから行く先々で使用を試みますが、その都度に突き返されて。
なんだよっ、端が5ミリほど欠けてるだけじゃんて思いますけど、広い世の中で汚れたり欠けたりした通貨が通用するのは、日本ぐらいらしいです。
でも、20ドルって大金だし、紙屑として諦めきれない。
そんな訳で宿のカウンターで相談してみたところ、「両替屋」で換金してくれますよ、との話。
なんかネットで検索すると、みんな泣き寝入りで旅行の苦い思い出としてお持ち帰りしているようですが。
やっぱネット情報も大切だけど、実地で聞いてみないと判りませんね。
反省・・・
念のために近所の銀行に当たってみたところ、「当行ではお取り扱いできませんが、街中の両替ショップであれば」とのこと。
で、民間の両替店を求めてローカル住民の多いオールドマーケット付近まで出張りました。
そこで何件かある店から、カンで良さそうなところを選んでアタック。
ちなみに、私のこのカンは当てになりませんが、いちおうはちゃんとした店舗を構えたところ、先にお客が入っていて商売がまともそう、まっとうな表情で働いている主人と女の子・・・といった雰囲気だけ。
前回のシェムリアプでは、狭い店舗にカウンターだけ、女の子がひとりで店番のところで失敗してますから。
ま、今回はハズレを引いても換金レートが悪くなるだけでしょうが。
さっそく店内に入って欠け札を見せながら交換が可能か尋ねると、女の子は欠けの部分を確かめなつつ、18ドル分でのリエル両替でよければと申します。
えぇぇ~、リエルぅぅぅぅ!?
もうすぐ出国するのに現地通貨で18ドルも使えない(笑)
だったらベトナムで同じようにドンで両替した方がマシでしょう。
しかしながらリエルとはいえ紙屑が通貨になるんだし、ベトナムの市中にある両替屋で同じように扱ってもらえる確証がない以上、冒険は避けたい。
そうした葛藤の末、晴れてというべきか、涙雨に濡れてというべきか、不良在庫の米ドル札は73600リエルとなりました。
1ドル=4088リエルです。
あとは使いきれなかった分はベトナムで再両替します。

タイで余らせたバーツをカンボジアでドルにし、不注意から2ドル損してリエルに両替、そしてたぶんまたベトナムでドンへ両替という、いったいどれだけ手数料をとられているのか、という地味な一敗のお話でした。


補追:
ところで私の手放した欠け札はどうなるんでしょうね?
アメリカの紙幣だから、カンボジア国内で新券との交換は無理ですよね。
となると・・・やっぱ闇両替の手を経て、ふたたび不注意な外国人旅行者の手に渡るんでしょうか?
そして、それでまたどこかの両替屋が手数料で儲かる。
やっぱそうなのかなぁ。

2015-07-15

プノンペン街歩き

ここ数日、引ったくりの影響で街歩きが鈍っています。
と言っても、引ったくりにあった初日が13キロ、昨日が10キロ、今日が6キロ。
思ったよりは歩いているけど。

もういちど同じ目に遭ってはバカ丸出しなので、歩き方を変えました。
まず目立つスポーツTシャツをやめて、地味なモノトーンのシャツに。
荷物はカバンなしの手ぶらで、どうしても持つときはビニール袋。
そんでもって時速2キロちょっとくらいの、ものすごい鈍くささで歩きます。
旅行者は早足ですから(私はふだんも早いけど)、その真逆。
近所のオッサンがちょっとコンビニに、しかも風呂帰りで汗かきたくないんだ、みたいな雰囲気で。
それであまり視線を泳がさずに、つまんなそうな渋面をつくって。
もう・・・顔のホウレイ線が深くなっちゃうじゃないのよぅ。
でも、これだけでトゥクトゥクから声をかけられる回数が、8割ぐらい減りますね。
すでに色の黒さだけならカンボジア人に負けないし。
完全にとはいかないけど、かなり溶け込めます。
問題は、やっぱバックパックを背負ってるときだよね。

トンレサップ川とメコン川の合流点 
今日はベトナム大使館までビザを受け取りに行ってきました。
宿は川沿いの王宮北側なんで、4キロくらいあります。
さすがに行きはバイクタクシー(2ドル)で。
申請を昨日の10時にして、受け取りが翌日の10時半指定でした。
3ヶ月のツーリストビザ、シングルで90ドル。
このビザについてはネット上でも情報が錯綜していて、今年1月のベトナム入国管理法改正以来、ツーリストビザは1ヶ月しか下りなくなったという書き込みが散見される一方、ここプノンペンではその1月に3ヶ月シングルを取ったという方の書き込みもあります。
で、私は後者の事例がまだプノンペンで適用されていることを願って大使館へ。
結果はあっさり問題なし。
3ヶ月のツーリストビザ、取ったどー!!
とはいえ、今回のベトナム滞在は36日なんですけどね。
予定では30日ちょうどをベトナムで消化するはずだったんです。
でも、6日も早くプノンペンへ到達してしまったし、いろいろ計算してみたらベトナムをゆっくり北上すると30日じゃ足りないような・・・
たった6日に20ドルくらい(?)上乗せするのもどーかと思うけど、たぶんもう来ないからお金をかけても見て回りたい。
帰り道は例の牛歩戦術でトゥール・スレンの虐殺刑務所まで歩き、そこを見学の後にさらにオルセーマーケットまで歩いて、キャピトル・ツアーでベトナム行きのチケットを購入。
プノンペンからホーチミンを直接に衝くのではなく、バスとボートを乗り継いでチャウ・ドックというメコン河畔の街へ向かいます。
また移動か・・・いちばん楽しいけど、いちばんしんどい。
元外国人記者クラブのレストランから 
同店内
トゥール・スレン。
想像よりも重たいとこでした。
ポル・ポト政権時代に拷問が行われていた建物や、ベッドや独房が残っているだけなのに。
死体がいまも残ってるわけじゃなし。
殺された人たちの頭蓋骨が、壁面にみっちりと並んだ部屋もありましたが、私は骨はべつにどうということもありません。
(どういうわけでか・笑)
しかし、囚えられた人々が入っていた部屋に並べられた彼らの顔写真は強烈でした。
もうすぐ殺される運命にある人たちのポートレート。
写真とはいえ、そこに写っている様々な瞳と目を合わせてしまうとどうも。
2万人が収容されて、生還者は7名だけだそうです。
スコールに見舞われたトゥール・スレン
明日はプノンペン最終日。
カンボジアへの滞在は12日(実質11日かな)でした。

日本帰国まで、あと38日!!

2015-07-14

街路樹の枝打ち

5カ国目で、はじめて街路樹の枝打ちを見ました。
プノンペン市内南側、ベトナム大使館の裏手です。
道路を封鎖して作業していますが、カラーコーンの間だからバイクが続々と入ってきます。
ときおり車も無理矢理に入ってきます。
もっとトラックを路肩に寄せればいいのに、交通遮断をしているからか高所作業車は道路の真ん中で大きく脚を拡げたまま。
しかも、その封鎖がまったく効いていない、その混沌(笑)
トラックが二台にチェーンソーを持った伐り手が二人、下で枝をトラックに載せる手元が四人ほど、交通対応が一人・・・かな?
伐り手は身体にハーネスを着て、それに安全帯を付けておりました。
落とした枝は下でこなさずに、荷台へ無理矢理に突っ込んでます。
とりあえず来た枝を順番に載せてるだけみたい。
ギュウギュウに詰めないところをみると、ゴミが従量制ではなく、しかも安いんでしょうかね?


作業終了したサイドはこんな感じ

以下の幾つかの記事

あとで環境が整ったら画像を入れますね。
いまはこれで精一杯。
次のトラブルはなんだ!?
出し惜しみ無しで掛かってきなさい!

いや、やっぱ小出しでプリーズ!!

バッタンバン

バッタンバン

さて、バッタンバンの街です。
意外と普通の街です。
意外や西洋人観光客が目に付きます。
あの船旅の人数を考えれば当然か?

ソーラーパネルも売られてる 
!刈払い機も売られてる
強いていえば雰囲気がタイ寄りでしょうか。
車はトヨタのカムリ一辺倒だったシェムリアプですが、こちらではカムリが相変わらず多いものの、他にカローラや韓国車が増え、なによりもピックアップが多いんです。
タイの人気車種はハイラックスみたいなピックアップですから。
ベトナム寄りのヘン・サムリン政権支配下にあったシェムレアプと、タイ寄りだったポル・ポト派拠点のバッタンバンの違いなんでしょうか?
スコール襲来
雨上がり
ただ、町並みはフランス統治下の面影を残すところもあって、中心部ほど落ち着いた趣です。







べつに戦禍を偲ばせるようなとこもなくて、客引きもあっさりしているし、町中ではそんなに治安の悪さも感じない。

ただ、夜は真っ暗です。
街灯が極端に少ないので、メインストリートでも主な照明は行き交う車やバイクのヘッドライト。
電飾照明の看板もほとんどありません。



日暮れとともに商家も店じまいしますし、地元人の使う飯屋や露店は夕方5時過ぎから営業を始めて、7時過ぎにはもう片づけに入っています。
あとはもう真っ暗。
通りによっては誰も歩いていない。


明るい場所は外国人向けのいくつかの店と、川辺のナイトマーケットくらいです。
外人向けのバーやレストランは、客が入っているところもあれば、閑古鳥の鳴いているところもあり。
まだ本格的な観光産業が軌道に乗るには間がありそうですね。
サンカー川岸の公園で屋台を冷やかしながら夕涼みをする家族連れの、その子供たちの数と元気さが印象にのこりました。


あの子たちが大人になる頃には、ずいぶんと明るい街になっているんじゃないでしょうか。

バッタンバンへ

先日のシェムレアプからバッタンバンへの話し。
12(日)の早朝6時10分に宿でピックアップしてもらい、先日チャリで悪戦苦闘したプノン・クロムを過ぎた船着き場へ。
実際に車が来たのは6時20分過ぎでしたが・・・
7時に出航と聞いていたんで、まさかと気は焦ります。
ピックアップされた旅行者は12人。
ピックアップ代金と代理店の手数料も含めて30ドルでした。
船賃自体は23ドルとのこと。
市内をグルグル廻って人を集めた車は7時過ぎに船着き場へ。
お客は20人ほどで、我々以外は地元の人たちです。
観光船じゃなくて、地元の定期航路なんですね。
旅行者は私以外は全員が白人で、しかも一人旅は私だけ。
肩身が狭い・・・

実際の出航は7:35で、バッタンバン到着は16:15でした。
実に8時間40分もボートの堅い椅子に座っていたことになります。
けっこう腰にきますよ。
で、トンレサップ湖ですが、湖を渡っていたのは1時間弱だけです。
湖上のベトナム人集落

シェムリアプ川の河口にはベトナム人の湖上住宅村があって、おぉーっという感じで皆が興奮しましたが、それを過ぎるとしばらくはどこまでも続く泥の湖、かと思っていたら30分ほどで対岸が見えてきて、バッタンバンへと続くサンカー川(だったけ?)の河口に。
以降は左右の水上住宅や行き交う船を眺めつつ、ときおりは人を乗せ、人を降ろしてバッタンバンまで7時間半ほど。


巨大な定置の四つ手網






この片だと川沿いがジャングルというわけでもありませんね。
川側からの人々の生活が眺められるのは得難い経験でしたが、どうしても視点が低くなるんで、堤防や川岸の木々の向こう側が見えません。
はたして水田なのか荒れ地や湿地なのか林野なのか?
贅沢な悩みです。
途中休憩の水上飯屋 





悩みといえばもう一点、カメラです。
川の真ん中から見た岸辺の家々は、それこそ千差万別ですが、やはり陸の上に住む私たちにとってみれば、「こんな生活できんの?」みたいなところがあります。
電気も扉もなにもなくて、ただ床と屋根と壁があるだけの浮いてるお家に小舟と尽きせぬ水、また水。
こちらの入り口から、家の中を透かして向こう側の岸まで丸見え。
そんなところで全裸・半裸の幼児が金髪異相の人々に向けて嬉しげに手を振ってくれるんですけど、どうもなかなかレンズを向ける気になれない・・・
ジャングル・クルーズで豹やオランウータンにカメラを向けるのとは違うんだから。
西洋人は大らかというか屈託がないというか、いっせいにシャッターを切って満面の笑みで手を振り返しておりましたが・・・
あの子たちも思春期を迎えれば、手を振らなくなるんだろうな。
まして大人になれば、ね。
私は人の撮影が苦手です。
各国の美人をアップしてくれというリクエストもございますが、スミマセン。
船旅も数時間を過ぎると、さすがに西洋人たちも飽きてきて、なかなか手を振り返す人も少なくなります。
そういうときにボートへ手を振ってくる子供たちへ、小さく手を振り返しながら、私は心の中で彼らに弁解します。
「ゴメンね、手を振るのが金髪じゃないアジアのオジサンで」(笑)

いちおう補足しておきますが、そういう家々でもけっこうTVのアンテナが立ってることがありますね。
稀に衛星のパラボラがあることも。
電気はどうしているのか?
岸から電線が伸びていることもありますが、それがないところでは発電器やボートのエンジンからバッテリーにチャージしているんでしょうかね?
ときおり1m×50cmほどのソーラーパネルを屋根に乗せている家がありましたから、車やトラックのバッテリーが家々にあるんじゃないかと思います。
そういやソーラーパネルと車のバッテリーの組み合わせが、今回いちばん多かったのはミャンマーです。
電気からもっとも縁のなさそうな僻地ほど、ソーラーパネルが普及していました。

あの橋の袂が終着点
以上、シェムレアプ・バッタンバン間の船旅でした。