2015-07-27

ホーチミン雑記

ホーチミン

そんなこんなでカントーを出て、23(木)にホーチミン・シティへ着きました。
カントーからカマウへ南下する国道一号線は、小さな町々を結ぶそれなりに古い道で、併走する運河やら通り過ぎる多くの市街やらが楽しかったんですが、逆にホーチミンへ北上する道行きはと申しますと、例えて言えば新国道みたいなもんで、あまり街も通らず景色も代わり映えせずで退屈なものでした。

で、初めて来たもんだから、ここは奇を衒わずに安宿街として有名なファングラーオ通りまで来て、そのど真ん中に宿をとりました。
13人部屋のドミトリーですが、7割が欧米人で残りが韓国人と中国人、日本人は私だけですね。
先日、プノンペンで同世代の日本人旅行者と同宿したんですが、やっぱり日本人バックパッカーは激減しているそうです。
まぁ、気にするほどのことでもありませんが。

さて、上記を書いたのは昨夜のこと。
本日はホーチミン四泊目、とりあえずの最終日。
とりあえずと申しますのは、いったんブンタウという港町に出かけて、それからまた北上のためにホーチミンへ舞い戻るからです。
このところブログの内容もガタガタだったんで、ブンタウで引き締めなおします。

ホーチミンは40キロほど歩きました。
信号があまり当てにならない交差点で、バイクの大群を避けながら横断するのは命がけですが、それさえなければなかなかに歩きやすい街です。
歩道はしっかりしているし、工事現場はさほど多くないし。
危険なのは一方通行を避けて歩道を走る(歩道を逆走)バイクくらいかな。

ベトナムの盆栽のことや造園業のこと、新たに発見した宗教施設のLED(あったぜ、ここにも)なんかのこともネタとしてはございます。
そういや路傍のペットボトルガソリンの件についても、カンボジアでの事例報告がまだでした。
なんだかいろいろとあって、かえって書くのが面倒になっちゃうな・・・

本日、久しぶりに日本人と同宿になりました。
この2ケ月ちょっとの間に、日本人と同宿したのは四人目です。
やっぱり減ってるんでしょうね。
彼は39歳、フィリピンに2ヶ月滞在の後にタイ南部から、ちょうど私の後をなぞるように移動してきたそうで、しかもプノンペンでスマホを擦られたそうです。
やっぱりプノンペンは油断のならない街ですね。

ここホーチミンも要注意とは言われますが、やはりその辺の社会の充実度は比べものにならないほど成熟していて、夜の繁華街を歩いていると子供連れの家族が多く歩き回っているのを見れば、ほんとうに安心して街歩きが満喫できます。
メコンデルタの田舎町でも感じたことですが、本質的に豊かなところです。
ただ、住むならご飯の美味しさという点でタイに譲るところでしょう。

とりとめもなく、もう一件。
どこにもアオザイの娘さんなんか居ませんね。
接客業の女性がアオザイを着ている店はありますが(そんな店には入れませんが)、街中ではこの9日間でゼロ。
JKの制服がアオザイだと聞いていましたが、見たところ白のブラウスにチェックのスカートばかりです。
う~ん、残念。
私、今回の旅行で自覚したのですが、民族衣装フェチとまではいかずとも民族衣装補正値が高くでる体質だったことが判明しました。
セーラー服とかバドガールとかには反応しないんで、いままで気づかなかったんですけど、行く先々の街の店先に立つ民族衣装のマネキンを見る度に、彼女(特定の個人ではありません)と一緒に旅しながら、こんな服を着てもらったらなぁ、などという妄想を野放しにしておりました。
ミャンマーなんかでロンジーを穿いた女性がバイクに乗る際に、膝上あたりの布地をついと摘んで持ち上げながらまたがる仕草なんかにグッとまでは来ませんが、キュンとします。
しませんか?
ああいう仕草って、その衣装を着ない限りは出てこない、ジーンズじゃ見られない仕草ですから。
そういう意味で地下足袋を履いた人の歩き方について、江戸時代の人の歩き方とかとの関連で一言あるんですが、ベトナムとはなんの関係もないから止めときましょう。

さて、明日は気分転換にブンタウ。
日本帰国まで、あと27日!!

0 件のコメント:

コメントを投稿