2015-08-08

ホイアンへ

昨日早朝、ホイアンに着きました。
途中はずっと西の空で雷光が瞬いていて、ときに土砂降りの雨に突っ込み、ときに工事中の片側一車線通行。
しかしながら、ほぼ定刻通りの6時10分着です。
夜行なんで外の景色が見えないことが残念でしたが、海際の断崖上を走ることが二度ほどあり、そのほかにも海辺を走ることがありました。
真っ暗な海ではありますが、その水平線上をずっと途切れることなく漁り火が連なっており、なんていうの? 真珠のネックレス? 買ってあげたことないから知らないけど。
そうそう、葬儀の時にイミテーションのやつは買ってあげました。
どうでもいいか。
そんな感じで、夜の移動も悪くないかなと。
海が見えるのはクイニョンの手前まで。
0時半ころにクイニョンを抜けて、そこから寝てしまいました。

夜行って、昔はよく乗っていたんです。
青春18切符で。
あれが始めて発売されたときに、私は小学校6年生で、同じクラスの友人と小学生3人だけで旅行しました。
山形から鈍行を乗り継いで上野へ出て、大垣行きの夜行鈍行で翌昼には京都あたりまで、それから大阪の天王寺で新宮行きの夜行寝台鈍行で南紀へ。
あとはよく覚えていません。
その二編成と新宿発辰野行きだったかの夜行鈍行の3セットで、旅館に泊まらずに旅が出来たのです。
子供だけで乗っていると、車掌に職質?を受けました。
でも18切符を出すと、そうかそんなに鉄道が好きなのか、といろいろ良くしてもらった記憶があります。
べつに鉄道が好きだった訳ではなく、旅行できれば手段はなんでも良かったんですが(笑)
3人のひとりは父親が国鉄職員で、彼自身はホテル業界へ。
もうひとりは母親がkiosk勤めで、彼自身は鉄道写真家へ。
写真家になった彼のサイトを訪れると、小学生だったか中学生だったか時代の私がホームに佇んでいる後ろ姿の写真が晒されています、いえ、掲載されています(笑)
そういうの見ると、マジ恥ずかしい。

さて、ホイアン。
暑いです・・・
雨期のベトナム南部と違って、この季節のベトナム中部は雨が降らない。
最高気温が34度くらい出ているらしいです。
しかし、夜は扇風機があればエアコンの要らないくらい。
炎天下での仕事に慣れてしまった私としては、そんなに辛くありません。
なにより直射日光に東京のような殺人的な迫力がない(笑)
ホイアン東側な海岸 

ホイアン郊外の川辺
なんかの養殖池
東京よりキツかったのは、今のところミャンマーのバガンだけです。
半砂漠の遺跡地帯を電動バイクで走っているときに前輪がパンクしてしまい、幸いなことにGPSで現在地はわかるものの、メインストリートから外れすぎて助けも呼べない、誰も通らない、水も乏しい、嫁には後ろ足で砂とウンコを掛けられて逃げられる、仕事はもうない、という大ピンチ。
なにかあったら電話してね、とレンタルバイク屋から電話番号だけは渡されていたけれど、遺跡にはひとつひとつの通し番号が書かれていながら、それがミャンマー語の数字なんで読めず、何番の遺跡まで助けに来てと電話できない・・・あの数字表記、どうにかしてくれ。
あの時は、本当に頭の中で井上大輔の「風にひとりで」が流れ続けましたから・・・
水を分けてくれませんか、って。

ホイアン、でしたね。
昨日はホイアン近辺のビーチまで歩き、戻ってホイアンの市街地をグルグルと歩き回り、寝不足で頭痛がするほど。
市場 

バイク満載の渡し船
よくポスターで見る提灯というか軒灯というかの華やかな風景ですが、あれは月に一度の満月の夜に催されるんだそうで、そこまでのもんじゃなかったです。
「千と千尋の神隠し」冒頭の街のモデルだそうですが、あそこまで妖しくないのは当然か。
ものすごくツーリスティックな街です。





でも、あれだけの規模の街を綺麗に残して、一定の統一感を与えているのは見事ですし、生活感は無いなりに一軒一軒の土産物屋で扱っている商品のディスプレイの仕方やクオリティは見物だと思います。
完成度はペナン島のジョージタウン以上でしょう。


二泊までなら有りかな、と思います。

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